西院春日神社は、京都市右京区西院に鎮座する神社です。平安時代の天長年間(833年)、淳和天皇が離宮・淳和院(西院)に移った際、奈良の春日大社から春日の神々を勧請したことが起こりと伝えられています。
現在も、病気平癒や災難厄除、交通・旅行安全などの信仰を集めており、境内には西院春日神社ならではの「疱瘡石」や「還来神社」などがあります。観光で訪れる場合も、単に境内を見て回るだけでなく、平安時代から続く由緒や信仰に注目すると、より深く参拝を楽しめます。
1.1 西院春日神社の歴史・由緒
西院春日神社の始まりは、平安時代初期の天長年間(833年)とされています。
当時、淳和天皇は皇位を仁明天皇に譲った後、現在の西院周辺にあった離宮・淳和院(じゅんないん)に移りました。その際、淳和院の鎮守として、奈良の春日大社から春日の神々を迎えて祀ったことが、西院春日神社の由緒とされています。
「西院」という地名も、この淳和院に由来するとされています。そのため、西院春日神社は、京都の地名の歴史とも深い関わりを持つ神社といえます。
春日の神々を祀る神社であることから、奈良の春日大社とのつながりも重要です。春日大社の御祭神は、武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比売神の四柱で、西院春日神社にも同じ春日四座大神が祀られています。
🔸皇室との関わりを伝える「疱瘡石」
西院春日神社の歴史を語るうえで欠かせないのが、境内に伝わる「疱瘡石(ほうそういし)」です。
伝承によると、淳和天皇の皇女・崇子内親王が疱瘡を患われた際、神前の石に疱瘡が現れ、内親王の病が快復したとされています。この伝承から、疱瘡石は病気平癒や災難身代わりの信仰を集めるようになったと伝えられています。
現在、疱瘡石は毎月1日・11日・15日に特別公開されています。通常の参拝とは別に、この石を見学したい場合は公開日に合わせて訪れるとよいでしょう。
1.2 御祭神と信仰
西院春日神社では、奈良の春日大社から勧請された春日四座大神を御祭神としてお祀りしています。
御祭神は次の四柱です。
・建御賀豆智命(たけみかづちのみこと)
・伊波比主命(いわいぬしのみこと)
・天児屋根命(あめのこやねのみこと)
・比売神(ひめがみ)
奈良の春日大社では、一般に「武甕槌命」「経津主命」「天児屋根命」「比売神」と表記されます。西院春日神社や春日連合会などでは「建御賀豆智命」「伊波比主命」という表記が用いられています。
この四柱は、春日大社の御祭神としても祀られている神々です。特に天児屋根命は藤原氏の祖神として知られ、西院春日神社も平安時代以来、皇室や藤原氏ゆかりの人々から信仰を受けてきたとされています。
🔸病気平癒・災難厄除の信仰
西院春日神社では、古くから病気平癒や災難厄除の信仰が伝えられています。
特に、先ほど紹介した疱瘡石の伝承が、病気平癒の信仰と深く結びついています。そのため、健康を願う参拝者や、病気や災難から身を守りたいと願う人に知られている神社です。
また、境内には還来神社(もどろきじんじゃ)が鎮座しています。還来神社は、淳和天皇の皇后・正子をはじめとする三柱を祀り、現在では旅行・道中の安全守護に関わる信仰を集めています。
さらに、還来神社の前には「梛石(なぎいし)」があり、「撫石(なでいし)」とも呼ばれています。旅行の安全を願って石を撫でたり、健康回復を願う信仰が伝えられています。
このように西院春日神社では、単に「ご利益」でまとめるのではなく、平安時代の由緒や疱瘡石、還来神社、梛石などに結びついた信仰を知ることで、神社の歴史をより身近に感じることができます。
🔸参拝前に知っておきたいポイント
西院春日神社は、阪急電車・京福電車の「西院」駅から徒歩約3分とアクセスしやすく、京都観光の途中にも立ち寄りやすい神社です。京都市公式観光情報では常時開門、授与受付は9:00~18:00と案内されています。
特に、「西院春日神社の歴史を知りたい」「疱瘡石を見てみたい」「病気平癒や旅行安全の信仰について知りたい」という人は、通常の境内参拝に加えて、公開日や境内の摂社にも注目するとよいでしょう。
なお、疱瘡石の公開日や祭礼など、時期によって内容が変わる情報については、参拝前に最新情報を確認するのがおすすめです。